愛媛x観光列車:「伊予灘ものがたり」雨天時ならではの楽しみ方

愛媛県松山駅から出発する茜色と黄金色に彩られた3両編成の観光列車「伊予灘ものがたり」。主に金土日に運行し、午前中に松山駅と伊予大洲駅を往復、午後はさらに松山駅と八幡浜駅を往復する働きものです。どの便も、鉄道ファンから熱く支持されている絶景駅「下灘駅」に停車し、写真撮影や周辺散策の時間を設けているなど、乗客の希望に応えた計らいも魅力です。

車窓からは青空と交わる水平線、きらめく水面といった海の絶景が見られますが、そうは言っても天気はその日次第。雨天になっても肩を落とす必要は全然なく、人のぬくもりがより温かく感じられ、潤いで増した緑の自然の鮮やかさに目が奪われます。

1日4便、伊予灘沿いを走る観光列車

2022年春に新車両が登場した伊予灘ものがたり。2両編成だったのが新しく3両編成となり、さらにそのうちの1両(3号車)は定員8名で丸ごと貸切という贅沢な仕様に生まれ変わりました。

先頭の1、2号車は旧型と似た雰囲気を踏襲しつつ、椅子とテーブルが大きくなったことで、より広々とくつろげるようになりました。海側の座席はボックスシートと海に面したカウンター席の2種類、一方の山側は対面シートになっています。

第1便は松山駅を午前8時26分に伊予大洲駅に向けて出発し、第2便は終着駅だった伊予大洲駅を10:57分に出発し、再び松山駅に戻ってきます。その後、第3便は行き先を八幡浜駅に代えて、松山駅を13時31分に出発。最終の第4便が松山駅を目指し八幡浜駅を16時14分に出発というのが一日のスケジュールです。

どの便も乗車時間は約2時間~2時間半で、必ず下灘駅に8~13分ほど停車します。そして早朝なら朝食、夕方ならアフタヌーンティーとそれぞれの時間帯に見合ったお食事も提供(事前予約制)。

1日に4回乗車する機会があり、1回の人もいれば、終点に到着したら再び乗車して往復(2回分)を楽しむ人もいました。

雨の日こそ、特別な食事に舌鼓

曇天と小雨に包まれ、どこか街行く人々の足取りも重い6月上旬。松山駅で明るさを保っているのは駅前のバリィさんか、アンパンマン列車くらいな早朝8時に私はホームに到着しました。

四国まんなか千年ものがたり

四国で観光列車に乗るのは奇しくも今年(2022年)で3度目。4月の「四国まんなか千年ものがたり」、「瀬戸大橋アンパンマントロッコ」に続いてです。詳細はこちら→前編・岡山編後編・香川編

この2回の経験のおかげで、今では観光列車の表示を見ると興味が湧くようになりました。しかも今回は、一度は訪れたい駅と評判の下灘駅にも寄るのだから期待も高まります。が、雨なので、気持ちを切り替えて車内に目を向けました。

もし車両がホームに入る様子を見たいなら8時10分までにスタンバイしておくのがおすすめ。入構と同時に駅には優雅な曲が流れます。

「レトロモダン」をコンセプトにデザインされた車内はウッド調の柔らかな第一印象に始まり、大きな窓が開放的。乗車するとサックスの音色に迎えられ、気分は高級ホテルのロビーに到着したよう。薄明りの空模様さえも車内の落ち着いた雰囲気作りに一役買っています。

この日のおみやげは麦みそ

松山駅を出発してから約20分。一通り自分の座席やおみやげを堪能したところにお食事が運ばれてきます。松山から伊予大洲を走る大洲編の料理は、ヨーヨーキッチン!料理長の牛川さんが担当。

わっぱ型のお弁当箱を開けてみると、色とりどりの野菜が視界に飛び込み、テーブルをいっそう華やかに彩ります。あたたかな料理も含まれていて、一日の目覚めにぴったりな食事です。

食後のコーヒーは、愛媛県の伝統工芸品「砥部焼(とべやき)」での提供。しっとりとした手触りが手になじみやすく、使うほどに愛着がわきそうなデザインです。地元と縁がある器でいただけることで、より愛媛を満喫した気分になれます。

天気がよければ車窓に視線は釘付けで、食事を味わうことも散漫になってしまったはず。曇天や雨天のおかげで、ゆっくりと食べる順番を選びながら、一口ずつ味わって優雅な朝食をいただけました。

まどろみに包まれた雨の日の下灘駅

食事を堪能し、時刻は午前9時26分。まるで絵画かファンタジーに出てきそうな幽々たる海辺を眺めていると、いよいよ本日のメインイベントを告げる車内アナウンス。

下灘駅に到着するとホームには、駅の観光を目的に乗用車で訪れた観光客や旗を振って出迎えてくれる地元の方々など、今日一番の大賑わい。

閑散としているはずの無人駅が、海に直面しているようなロケーションが評判を呼び、メディアにも度々登場。そのおかげで鉄道好き以外に一般の旅行客も訪れる有名な観光地になっているのですから、絶景の持つ力の凄さに再認識させられます。

青天ならホームからは青空と水平線が目の前に広がるパノラマ風景が見渡せますが、この日はモノクロ映画のような渋い光景。1900年代のラブロマンスで恋人が別れを告げるシーンか、マフィアが身の上話を打ち明けるシーンに使ってもらいたいです。

と、盛り上がりにかける雰囲気かもしれませんが、そうは言っても断崖絶壁に建てられたホームから眺める景色は、天気に関係なく興奮します。駅舎には撮影スポットが設けられているほか、写真も複数展示されています。ベンチ中央が低く、2人で座るとぴったりくっつくラブラブベンチもあり、停車時間ぎりぎりまで下灘駅を楽しめます。

より気持ちを込めて応えたい住民の歓迎

前回の観光列車「四国まんなか千年ものがたり」に乗車していて発見したことが、観光列車が通ると手を振ってくれる人たちが予想以上に多く、歓迎の仕方も熱烈ということ。

走行スピードがゆるやかな観光列車だからこそ、車窓からは手を振ってくれる人たちの表情まで確認でき、軒先に出てきたり、ベランダから出てきたり。「たまたま」や「ついで」感が一切なく、なんだったら「30分前からスタンバイしてました!」「これをしないと一日が始まらない!」と住民が思っているからは別として、そう感じててしまうほどの熱量でした。

特にこの日は雨だったので、傘をさしながら満面の笑顔で手を振る姿を見ると、より感動的になります。まるで甲子園で優勝した野球部員のような凱旋パレード気分を味わえます。

車窓の景色はもちろん、通り過ぎる駅のエピソードを車内アナウンスで紹介するなど、乗車時間がまるまるエンターテイメントの時間になっています。

吟行の一環ともいえるこのひとときで気持ちが動いたなら、一句を詠むチャンス。正岡子規など有名な俳人が多い松山市にちなみ、車内には俳句ポストも置かれています。

予約方法・おすすめの席

きっぷの予約方法は、乗車日の1か月前より全国のみどりの窓口か旅行会社で可能です。東京住まいの私は、JR新宿駅のみどりの窓口で予約しました。旅行会社のウェブサイトもチェックしたのですが、ホテル込みのパッケージ旅行で販売している場合が多く、きっぷのみの取り扱いは見つけられませんでした。

空席状況はJR四国のウェブサイトから確認でき、朝一の第1便は他の便に比べて空いていたため、乗車日の3週間前に予約をしたところ、まさかのカウンター席は満席。海側のボックス席もしくは山側の対面シートの2択に迫られ、1人で4人席に座る度胸もなく、山側の対面シートを選びました。

対面シートなので、当日は同じくおひとりの方と相席になったのですが、思った以上に机が大きかったこと、2人の間に透明の仕切り板が置かれたことで、気まずい雰囲気になることもなかったです。

モーニングやランチなど、しっかりしたお食事は4日前までの事前予約制です。方法は4通りあり、①みどりの窓口(JR西日本もしくはJR四国のみ)できっぷと同時に予約できるほか、②JR四国旅の予約センター(振込・現金書留)、③JR四国ツアーでウェブから予約(カード決済・コンビニ支払い)もしくは④アプリ「setowa」(カード決済)で。JR東日本エリアの東京に住む私は、setowaから購入しました。またケーキや飲み物など軽食も別途で乗車中に注文可能です。

席が空いていれば、やはり海側がおすすめです。山側からも海側の風景を眺められますが、眼前に窓がある海側の方が没入感は格別です。山側の車窓だと住民が手を振ってくれる姿や四季折々の草木が咲く様子、そして雨天だったので霧がかる幻想的な山々が見られました。

一日に4回運行しており、私は伊予大洲も観光したかったので第1便を選びましたが、おすすめです。どの便よりも下灘駅の滞在時間が長く、そしてお食事も3,000円と最安なのがポイント。きっぷ料金も松山・伊予大洲間の方が松山・八幡浜間より若干(330円)安いです。

もし次の機会があれば、乗りたいのは第4便(八幡浜から松山の道後編)。しかも、時期は冬。アテンダントさんが、日照時間が早い冬だと夕陽が伊予灘に沈む様子を望め、そのひとときが美しいと教えてくれました。松山到着後は道後温泉でゆっくりすれば素敵な旅のプランの完成です。

こんな人に行ってほしい!

海岸線に沿ってゆっくり進むので、ワクワク感より癒しやのんびりした空気感を纏っています。例えば、付き合いたてで距離感をグッと近づけたいカップルより、結婚20年を迎えた夫婦の方がお似合いかも。会話をせずとも間が持つ関係性が鍵を握ります。

もしくは鉄道好き同士で女性にアタックしたい奥手な男性に、ぜひ!鉄道好きだからこそ、誘える口実にぴったりで、乗車中は会話より五感で観光列車を満喫したいはず。さらにカウンター席に座ってしまえば、目の前の車窓を眺めるフリをして窓に映る彼女の顔を見られます。観光列車が旅の盛り上げ役だけでなく、恋のキューピッドになる日も近いかも。

松山を起点に運行している観光列車「伊予灘ものがたり」。名前に示す通り、ここの中心は伊予灘ですが、常に海の景色は一定です。変わらない絶景と、車内で繰り広げられるおもてなしの数々に道中で出会う住民の姿というドラマ(動き)があってこそ、このものがたりはより盛り上がります。

2022年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。