岡山x備前焼:すべての製作過程が見られる「一陽窯」

焼き物好きでなくとも、一度は「備前焼」という言葉を聞いたことがあるはず。それだけでも焼き物の中で備前焼が特別な証です。

絵付けや釉薬といった装飾をまったくしないため、茶色や黒といった土色100%の素朴な色合いが特徴。どんな色のお料理にもマッチしそう。もしかしたら、色々な焼き物を見て回った後に「やっぱり、これが好き」と落ち着きそうなのが備前焼かもしれません。

「備前焼」の産地・伊部

歴史を辿れば古墳時代に起源を持つ、備前焼。つまり、ヤマト王権が発足した3世紀から、大化の改新が始まる乙巳(いっし)の変が起きた7世紀までには、既に実用化されていました。博物館で見かける黒や灰色のツルンとした壺といった須恵器が発展し、備前焼となりました。

狸の置物で有名な信楽など歴史が古い窯6か所を「日本六古窯(ろっこよう)」といい、備前も含まれています。ちなみに日本六古窯は、その歴史が評価され、日本遺産にも認定。

そんな備前焼のふるさとと言われているのが、岡山県の伊部(いんべ)です。焼き物に適した粘土が近くにあったことから、室町時代の末期に多くの窯が作られ始めます。

伊部駅を歩くと窯の目印ともいえる赤いレンガ造りの煙突があちらこちらにあり、その風情が焼き物の町ならでは。

駅から約250歩で着く「一陽窯」

伊部駅からまっすぐ向かった先にあるのが、備前焼の窯元「一陽窯(いちようがま)」。真っ白な漆喰の壁が目印です。

お店の奥へ案内してもらい、外に出る連房式の登り窯がとデーンと鎮座。堂々とした佇まいに、「焼くなら俺に任せろ!」と、頼もしさまで感じられます。窯の材料となる炉材も周辺で採取できたことから、耐火レンガの製造元も伊部周辺に多いのだそう。

傾斜をつけて奥になるほど徐々に上っていく形をしていて、作品は手前の大きな空間に収納。この窯は2代目にあたり、約50年間にわたって使われるので、人間と同様の勤続年数になるのかとしみじみ。

窯焚きは年に春と秋の2回。窯の中に作品を並べる(窯詰め)に約2週間かかり、その後は昼夜を通して焼き続ける(窯焚き)が約10日間。完了してもすぐには取り出さず、8日間かけて温度を冷まし、外に出していく(窯出し)は約1か月間にも及びます。

作品を並べるだけなら早めにできそうと思いきや、どこにどの作品を置こうかと考えるのが大切だと言います。釉薬をまったく使わない備前焼は、焼いている最中の煙と炎の当たり方だけが彩色できる唯一の機会となるので、確かに置き場所は慎重に決めたいはず。

これだけでも2か月間におよぶ作業ですが、その前には土もみといって材料となる土の準備をしたり、そもそも作品の成型をしたりと聞いているだけで大忙しなスケジュールです。一陽窯では、すべての製作工程を見ることができ、私が訪れた時は作家さんがろくろで作業をしていました。

話題豊富な木村節に夢中

3代目の木村さんが窯や工房を解説してくれたのですが、聞けば聞くほど独特のトークに引き込まれます。

「昔の備前焼は大きなサイズで、水や食料を備蓄する用途で使われていました。戦国時代、豊臣秀吉が兵庫県の山城を攻めたんですけど、予想以上に長期戦になっちゃって、ようやく降参して城内に入ったら、そこには備前のかめがたくさんあって、水を貯めていたんです。そこから『これはすごいぞ』と秀吉が備前焼を多く使うようになりました」という歴史秘話では、備前焼の凄さに驚き。

また値段の決め方について、希少な色合いの方が高値になるのかなと予想しつつ尋ねたら、きっぱり「場所ですね」と回答。

「単純に大きいサイズの方が窯を占めるので、小さいものより高くなります。値付けは人によって決まりますが、僕は結構どうでも良いので…。備前は問屋がないので、皆が好き勝手に作って、値段付けて、売っているんですよ。僕が売りたくなくて高値を付けても、買ってくださった方にとっては高くなかったということになるんですよね」

「よく小学生に『一番高い備前焼きは?』と聞かれるんだけど、そしたら手元にあるのを指して、『よし、これを3億円にしようか』って言っちゃいます。そうすれば一応高いものになりますからね」と、値段はあってなさそうな様子。飄々とした語り口と引き出しの多さに、もっともっとと話題をせがんでしまいます。

陶芸家でもあり、手先が器用な木村さんは伊部駅直結のカフェ「UDO(ウド)」の内装も手掛けています。備前焼の食器でいただく、岡山名産の食材を使ったケーキは絶品。おすすめのカフェです。

釉薬不要なのに多彩な備前焼

焼きあがった後も色を付けず、そのままの風合いを残す備前焼ですが、それでも均一なマットの茶色から渋みを帯びた黒色までと多色です。

焼く際に煙と炎が当たらない場所に置いた作品は、土本来の色が際立って白っぽく、逆に炎だけでなく煙も大量に浴びた(ガスをくった)作品は青みを帯びた灰色になると聞きます。

最初は貯蓄用のかめからスタートし、江戸時代にはお茶の道具と次々に日常生活に寄り添うように形を変えていった備前焼のスタイルは現在も然り。一陽窯ではコーヒードリッパーを備前焼で作っていて、繰り返し使用できるだけでなく、味がまろやかになるのも魅力です。

こんな人に行ってほしい!

耐久度の高さから「投げても割れぬ」と賞されたほどなので、備前焼の醍醐味は日常使いにこそ。おっちょこちょいな方ほど、備前焼の頑丈さにありがたみを感じたりして。

また備前焼自体が派手な色ではなく、どのインテリアやお部屋の雰囲気にもとけ込みそうな優しい色合いなので、食器をとにかく探していたら一枚持っていても損はしないはず。

例えば、小さい時から幼馴染に片思い中の男の子がいて、女の子はファッションやお化粧を覚えて、サナギが蝶に変化するごとく、どんどん綺麗になっていくんだけど、「俺は(釉薬に)染まっていない本来の良さも知っているよ」という意味を込めて、備前焼の花瓶をプレゼントして欲しい。通気性を備えた花瓶はお花も長持ちするので、俺の想いもフレッシュなままだよ!という追伸もぜひ。

※同じく岡山の手工芸ということで、「岡山x国産ジーンズ:博物館・アウトレット・体験が揃う『ベティスミス』」と、「岡山x日本刀:刀剣愛が止まらない!職人技を間近で拝見『備前おさふね刀剣の里』」も掲載中です。ぜひご覧ください。


■一陽窯の基本情報■
住所:岡山県備前市伊部670
電話番号:0869-64-3655
営業時間:9:30~17:30
定休日:火曜
https://www.facebook.com/ichiyougama

2022年5月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。